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「初戦使わないだけなら、まあいいんだけどさ。何で試合前の練習すら免除なんだろうな」
浩臣がしみじみとそう呟いたので、竜也もちらっと笑う

“当日は試合開始してしばらくしてからベンチに入れ。挨拶も出なくていいからな”

渡島にそう告げられ、竜也と浩臣は素直に従うしかないわけだったが


§


「けどまさか、俺らがスタンドにいるとは思っていないだろうな」
浩臣のアイデアで、どうせだし観衆の気分でも味わってくるかとの提案を竜也が受け入れての行動

「まあ、今日のスタメンを俺らに決めさせる監督だしな。ここにいることも見抜いてるんじゃね」


§


あの日、練習免除を告げられただけじゃなく、“初戦のスタメンを考えてくれ”との無茶ぶり
最初は冗談としか思っていなかったが、渡島は祐里を呼ぶと3人で3塁ベンチに行けとの指示

マジかと思う暇もなく、練習は普通に開始されて竜也、浩臣、祐里の3人はそれぞれベンチに座って手持ち無沙汰な状態

「おい、ちゃんと考えてるのか?」
練習をチェックしつつ、渡島がそう促してくるのでどうやら本気で考えなくてはいけないらしく竜也は思わず苦笑している

“竜也と浩臣は欠場、千原と安理は途中出場として考えてくれ”との指示

「なかなか厄介だな。とはいえ、あくまでアイデアの一つにするくらいだろうけどさ」
浩臣はそう呟きつつ、しゃあない、考えるかと促した

「まず1番か。定石なら草薙になるんだろうけど」
竜也は『欠場』を申し伝えられているので、その次に出塁率が高い草薙を浩臣が推すとなぜか祐里は首を振ってそれを否定する

「千原も途中から使うって言ってるんだしさ、それなら草薙は中軸に置かないとダメじゃん? 私は久友が1番でいいと思うけどな」
祐里は先発になるだろう久友を指名するが、さすがに1番投手は負担がでかくね? と竜也は思わず首を傾げている

「久友ちゃん1番はさすがになぁ。先発で1番はいろいろキツイだろ。とはいえ、他に誰がいいかなって感じなんだけど」
言いかけ、竜也は一人の顔を思い浮かべた

「あぁ、大杉ちゃんがいいんじゃね。市予選で3の2だしさ。で、ダメだったら玉子使えばいいわけだし」
去年まで自分より背が低かったのに、1年で15センチも伸びて183になった大杉教介を竜也は推薦した

「大杉くんか。アリじゃない? けど守備がちょっと怖いよね」
大柄でちょい太め。強肩には定評があるが、狭い守備範囲を祐里が揶揄すると竜也は頷いてみせる

「そこで2番センターで賢人を使うのよ。あの脚力と強肩を使わないのはもったいないわけ。大杉ちゃん出塁して、賢人が凡打でも入れ替わればそれはそれでおいしいしな」
何で野球やってるのと言わんばかりの超俊足の持ち主な、ハーフのビッグブラウン賢人を2番に抜擢するアイデアを竜也が提案すると、浩臣は大きく頷いた

「いいなそれ。んで草薙、岡田、樋口でクリーンアップ組めば十分戦えるだろ」
浩臣がニヤリと笑うと、祐里は感心した表情を浮かべている

「ホント、竜も伊藤くんもいろいろ考えるよね。後は6番に久友くんで、近藤、万田、和屋の順?」
祐里がそう続けると、竜也は頷いて同意する
浩臣もまあそうなるかな、と続けつつ「ホントは冬井さんも使ってやりたいんだけどな。あいつ、ビックリするくらい練習熱心じゃん」と目を細めている

それを聞き、竜也と祐里は互いに顔を見合わせて笑みを浮かべている
冬井正孝。小柄で小太り、メガネ着用で運動神経に優れているとはお世辞にも言えない彼だったが、とにかく呆れるほど練習熱心

「冬井さんね、私も考えたんだけどさ。竜と伊藤くん、千原まで外すとさすがにスタメンに入れられないかなって。少しは竜も見習って練習しろって感じだよね」
本人から聞いた話だと高校3年間どころか、中学からずっと野球部一筋
いの一番に練習に現れ、帰るのも一番最後。朝練も一切サボらない超真面目なそれで、部員は敬意を表して「さん付け」している程
そんな彼だったが、公式戦に出場したのは1度だけ

春の全道大会決勝戦、相手は函館恒星高校
渡島の指示で、竜也はベンチ待機となったその試合は先発の右内が捕まり3回終了時点で0-4
4回から登板した久友は粘ったのものの、0-6となった9回表2死から代打攻勢をかけた竜也、浩臣の連続2塁打で1点を返した後に更に代打で起用されたのが冬井だった
あえなく三振に倒れたそれが、唯一の公式戦出場となっている


「市予選では打席に入る機会なかったからな。道予選では何とか出してもらえればいいんだけど」
竜也がそうしみじみと呟くと、浩臣もだなと同意を示していた


§

「そういや、春川元気か?」
浩臣にそう振られ、竜也はちょっと遠い目をしている

美緒はプログラム終了後、すぐに親元へ強制送還を喰らっていた

“婿を連れて行くからね”としか言ってなかった事実
まさか『プログラム』に巻き込まれるとは教えていなかったようで、美緒の両親の逆鱗に触れたらしい

「高校卒業したら...待っているからね」
そう言い残して美緒は笑顔で函館から去って行ったのだったが、ほぼ毎日のように通話をしているので特に寂しさを感じていなかった

「相変わらずみたい。千葉で寮暮らししていると言ってたな」
竜也がそう言った直後、竜也のスマホに着信が届いた

「ロッカーにスマホ置いてくるの忘れたわ」
竜也は軽口を叩きつつ、スマホを開いて思わず噎せている

どうした? と浩臣が声をかけると、竜也はすげー偶然。美緒からのLineなんだわと言いつつそれを開いている

「って、マジかよ」
竜也は思わず苦笑しつつ、iPhoneの画面を浩臣に見せる

それを見た浩臣も思わず噎せている
「オイオイ。わざわざここまで来てるのかよ」

そこに写っていたのは、“なう”という文章と札幌ドームが映ったそれだったので

「いやぁ、わざわざ来てくれてるのに俺今日試合出られないんだが」
嘆いたふりをしつつ、竜也は浩臣のほうを見てちらっと笑った